こんにちは。
太陽が燦々、いやギラギラと照り続け始め今日この頃、如何がお過ごしですか。
最近、私は頻繁に浅草へ通っています。下町情緒溢れるこの町は観光地として有名で、南米から来た方々も多く見かけます。アサイージュース(ブラジル原産のブルーベリーに似た果実のジュースですが、これについては追々、皆さんにご紹介したいと思います)を片手に歩いていると、「写真を撮ってください」と声を掛けられます。振り向くと、そこには日本人?。でも言葉はスペイン語やポルトガル語です。日系の方々も多く訪れるようで、時には一緒に写真に写ったりしています(^^)。
その昔、サンパウロのコーヒー経済はイタリアやドイツからの移民の労働力によって支えられていました。しかし、その過酷な労働条件のため、ヨーロッパからの移民は途絶えます。代わりに導入されたのが日本人移民でした。1908年6月18日、神戸港から791名を乗せた「笠戸丸」船がサントス港へ入港。日本からブラジルへの移住が始まってから今年で100年を迎えます。移民当初は、コーヒー農園のコロノ(契約農民)として渡った日本移民達は、その後、ジュートや野菜といった様々な作物栽培をブラジルへ定着させました。「ブラジル農業の発展には日本人移民の存在が欠かせなかった」とまで言われた所以は、ここにあります。勤勉で教育熱心な国民性もあり、政治、経済、商業、芸術分野へと活躍の場を広めます。「ジャポネス・ガランチード゙(保障つきの日本人)」とまでの高い評価を得て、日本の裏側で巨大な日系社会を形成しました。現在のブラジルにおける日本への期待と信頼は、こうして築き上げられたのです。
その節目となる今年、日本では「日伯交流年」、ブラジルでは「ブラジル移民百周年」と題し、各地で様々なイベントが行われています。1年を通し、文化・経済・交流事業が目白押しです。
で、そんな中、
私は8月のに行われる浅草サンバカーニバルを指折り数え、アサイージュースを飲みながら思いを馳せるのでした~。
Y...☆彡
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